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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)1072号 判決

上告人

諫本正行

右訴訟代理人

国府敏男

被上告人

株式会社明石破産管財人

馬場眷介

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人国府敏男の上告理由について

破産法七二条二号にいう「債務ノ消滅ニ関スル行為」には、同法七五条の執行行為に基づくものをも含むが、この場合に、右行為に関しては、破産者が強制執行を受けるにつき害意ある加功をしたことを必要とするものでないことは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和四八年(オ)第五四四号同年一二月二一日第二小判決・裁判集民事一一〇号八〇七頁参照)、いまだこれを変更する要をみない。原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人が当該強制執行としてした債務の消滅に関する行為が同法七二条二号による否認権行使の対象となるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用にかかるその余の判例は、事案を異にするか、又はその趣旨を異にするものであつて、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

(寺田治郎 横井大三 伊藤正己)

上告代理人国府敏男の上告理由

原判決には、破産法七二条二号ならびに同法七五条の解釈適用を誤つた違法がある。

一、原判決及び引用する一審判決は、上告人が破産者に対する強制執行としてした行為を、それが同法七二条二号の破産者の債務消滅に関する行為に該当するとして否認権行使がなされる場合には、破産者が強制執行を受けるについて、害意ある加功をしたことは要件でないと解されると判示している。

二、しかし、同法七二条二号によつて執行行為を否認することができるのは、破産者が同条号所定の害意をもつて債務名義の作成及びこれに基づく執行行為に加功した場合でなければならない。

なぜなら、同法七二条二号は「破産者が支払の停止又は破産の申立がありたる後になしたる……行為」と定めており、条文を忠実に解する限り、否認されるべき行為は破産者の行為であるべきである。本来、本旨弁済に関しては、他から干渉を受ける筋合いのものでないところ、危機否認ということで、破産法によつて特別に認められた要件のもとに、否認されるのであるから、取引の安全との関係上、同条号は厳格に解釈する必要がある。

三、従来最高裁判所は、「破産者の行為がなければ否認なし」との見解に立つている。即ち、債権者の代物弁済予約完結の行為が同法七二条二号により否認されうるには、破産者の行為を必要とする(昭和四三年一一月一五日最高裁判所第二小法廷民集二二巻一二号二六二九頁)。

対抗要件充足行為の否認(同法七四条)に関して、否認の対象は破産者の行為又は同視しうべきものに限られる(昭和四〇年三月九日最高裁判所第三小法廷民集一九巻二号三五三頁)。

破産債権者のなした相殺権行使は、破産者自身の行為でないから、否認の対象となしえない(昭和四〇年四月二二日最高裁判所第一小法廷裁判集民七八号七三九頁、昭和四一年四月八日最高裁判所第二小法廷民集二〇巻四号五二九頁)とされている。

大審院当時においても、破産者が特定の債権者のみに支払停止をした旨知らせて強制執行させる様しむけた場合は否認しうる(昭和八年一二月二六日大審院判決民集一二巻三〇四三頁)として、同様の見解にたつていた。

比較法的に考察してみると、ドイツ破産法三〇条一号前段は否認することを得る行為として、一定の破産者の法律行為をかかげ(支払の停止又は破産申立のあつた後にされた破産者の法律行為で、破産債権者を害する行為、但し、行為の相手方がその行為の当時支払の停止又は破産の申立があつたことを知つていた時に限る)とし、同条後段は(支払の停止又は破産申立のあつた後にされた法律的行為で、破産債権者に担保を供し、或は弁済をなす行為、但し、右債権者が、右行為のなされるときにおいて、支払の停止又は破産の申立のあつたことを知つていた時に限る)と定めている。右後段の法律行為は、前段と異なり、破産者の行為であることを要件としていない(債権者の行為も当然に入る)し、且つ、法律行為に限らず、また、その行為につき、破産者の協力、誘引、加功も不用と解されている。

しかし、我が破産法七二条二号は、明らかに破産者の法律的行為を要件としてかかげており、ドイツ破産法三〇条後段とは異なると解すべきである。従つて、右の大審院ならびに最高裁判所の「破産者の行為がなければ否認なし」の見解は極めて当然である。

従つて、同法七二条二号の解釈においては、危機否認の場合であつても、否認の対象となるのは、本来、破産者の行為であつて、ただ債権者の行為であつても、破産者の行為と同視しうべき債権者の行為、つまり、破産者の害意ある加功を必要とすべきである。

四、危機否認は、破産寸前の危機状態において一部の債権者だけに独占的満足を与える様な破産者の遍頗行為を否定することによつて破産手続における公平且つ平等な弁済の実現を目的としている。ところで執行行為に対しては、他の債権者は、債務名義の有無に拘らず配当要求を為すことにより平等配当を受け得る権利は保証されているのであるから、破産者の行為、即ち害意ある加功がない執行行為についてまで、右配当要求の権利を行使しなかつた債権者について、否認権による平等配当の恩恵を与える必要は存しない。

よつて、執行行為が、破産法七二条二号によつて否認されるためには、前述のとおり当然に破産者の意思による行為、即ち破産者の害意ある加功が必要である。

五、破産法七五条が執行行為も否認するを妨げずとして設けられた所以は、執行行為は債権者の一方的行為であるから、一見しては同法七二条一号の故意否認、同七二条二号の危機否認に該当しないものであるが、そこに破産者の行為、即ち害意ある加功が存在するときは、破産者の行為と同視すべきものとして、故意否認も(昭和三七年一二月六日最高裁判所第一小法廷判決民集一六巻一二号二三一三頁)、危機否認もなし得るものであることを明定せんとしたものにほかならない。

六、以上により、執行行為の否認について破産者の害意ある加功をしたことを必要としないとした昭和四八年一二月二一日の最高裁判所第二小法廷判決(判例時報七三三号五二頁)は失当であり、従来の判例の見解に従つて変更されて然るべきである。これに依拠した原判決は破産法は破産法七二条二号及び七五条の解釈、適用を誤り、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されるべきである。

本件における上告人の執行行為には、既に原審及び一審において審理されて明らかなとおり、破産者の害意ある加功は存在せず、且つ、上告人について同法七二条一号、二号に規定する否認権行使のための要件も存在しないので、被上告人の本訴請求は失当である。

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